駅前にロータリーはなく、どんな駅前にもありそうなファストフード店も見あたらない。昔、「一面田んぼで、おいはぎが出た」という面影こそないが、ひっそりとした駅から徒歩20分ほどいくと住宅地にモーリ美容室はあった。入り口で、町の歯科医院のようにクツを脱ぎ、スリッパに履き替えて店内に入る。内装といい設備といい、築28年の店内はレトロな雰囲気が漂っていた。昭和のワンシーンのような店内のセット面は5、その奥にシャンプー台が3つある家族的な美容院だ。
オーナーの森田喜代美さんは中学卒業後、山野美容学校に入り、美容師の道を歩みはじめた。美容師歴は今年で44年になる。独立してモーリ美容室を開業したのは38年前のことだ。「景気のよい時期は、店を開けているだけでお客さまはやってきた」という思い出ばなしにも花が咲く。朝、開店すると、「お客さまが並んで待っている」時代も長くあった。13名のスタッフが働き、森田さんは「お山の大将だった」と笑う。かつて2店舗を経営していたが体調を壊し、現在の店舗だけを残して営業している。
その森田さんがいま、過去を振り返らず原点に戻り、2代目である娘の志保さんに店の継承をはじめている。「店を会社組織にして、従業員が50歳になっても活躍できる職場にする。ボーナスも退職金もちゃんと払える総合美容院にする」――。これが森田さんが「私の最後の仕事」と位置づけた使命だ。「もう一回、ゼロに戻って1からはじめる」と気合を込める母に、志保さんは笑って「中年の星」と呼んで見せた。
森田さんが「もう1回、頑張ろう。もうひと花咲かせよう」と思うに至るには、きっかけがあった。2004年のことである。モーリ美容室は「氷河期」に見舞われていた。
オーナー自身の病気、社員の退職、不動産業を営む夫の他界。「すっちゃかめっちゃかだった」と振り返る年となった。短期間に訪れる不幸。この間、都内の有名サロンに勤めていた志保さんはやむを得ず、継ぐ気のなかった母の店に入り、母を助けるこにとなった。大学卒業後、教職免許を取得し小学校教員の資格をもつ志保さん。美容院を経営する母の影響を受け、気がつけば教職の道から、「美容学校に入り、美容師になりサロンに勤めていた」。しかし母の店に別段、期待があったわけでなかった。
これまでいた母の店の社員が辞め、やむなく、母と娘2人きりの営業がはじまる。そんな2人は世代が違えば考え方も違う。母の世代の客層に、志保さんには戸惑いを覚えることもあった。お客さまに満足してもらいたくても、手が回らない。「あれも」「これも」と思うばかりで、たった2人で提供できることには限界があった。考え方の相違から、ときにはお客さまがいる前で、親子で衝突することもあったという。やりたくてもできないもどかしい日々。せっかくお客さまが増えかけても、100%を出し切れない結果、失う客もいた。失客を呼び戻せない状況が続いていた。
そんな試練の日々も、意味はあった。「2人になって、スタッフのありがたみが身に染みてわかった。大変だけど、いまは2人でやっていくしかない」(森田さん)と、お互いが譲り合い、協力し合うようになっていった。これまで「人に指図されるのが大嫌い。従業員がやってくれるのが当たり前だった」という森田さんが、ここから変わりはじめる。
以前、有名サロンに勤務していた志保さんも「これまでは店のブランドのなかにいたが、ブランドもなく、立地がよいわけでもない、最小単位の体制で、お客さまが店に来て『いい』と評価してくださるかどうかだけ。実力以外が削ぎ落とされて、お客さまに試されて、忙しいなかで自分に足りない根本的なものを教えられた」と、商売の原点を学んでいた。
価値観の異なる2人が、「お客さまを喜ばせよう!」という絶対的共通目標を再確認し合うのに、時間はかからなかった。
岐路に立たされたモーリ美容室の再出発にふさわしく、縁あって新しいスタイリストが加わった。「昔のことをいくら言っていても、やっていても、それじゃ、だめ。これからは通用しない。もう1度、ひと花咲かせるためには自分ひとりの力と発想だけではだめ」と外部のコンサルタントも導入した。
コンサルタントの中川友和さん(SPCNフィット)は森田さんの娘ほど若かった。「プライドもあったと思うが、母がいちばん変わった」と志保さんは目を細める。その母は「お客さまに喜んでもらうのに、私の感情は関係ない!」と言い切って見せた。
ここからはどんどん新しいものを取り入れていった。06年3月からは、お客さまにアンケートを開始。すると「店とお客さまに一体感がでてきた」と森田さんは言う。営業終了後、アンケートの結果を3人で確認して、「あのとき待たせたから、3点だ~」と悔しがったり、「あのお客さまは、あそこで、あーすればよかったねー」とプラス思考の会話が増えてきたことを志保さんは喜んでいる。
DM書きも大きく変わった取り組みのひとつだった。モーリ美容室では6パターンのDMを準備して、段階に応じてお客さまに発送することを徹底して行なっている。これにより「以前より来店のコントロールができるようになってきた」と志保さんは満足げに話した。そればかりか「お客さまのことが、これまで以上に気になる存在になった」「お客さま1人ひとりを覚えるようになった」という好ましい変化もあった。
「つぎのステップに進むには、新しいなにかやらなくちゃ!」という森田さんの思いがつぎに足を向かわせたのが、さまざまな地域のサロン関係者が集まり情報交換をするサロン勉強会『サロン・ベンチマーク・パーティ』だった。
「50過ぎは私ぐらい(笑)。はじめは違和感があったけど、これに参加すると自分が活性化する。私もまだまだ捨てたものじゃない。やれるのではないかと思える」といまでは楽しみなイベントになっている。森田さんは続ける。「同年代のオーナーと話をしていても、『これでいいや』『もう自分は十分やってきた』と言って17時には店を閉めている。お客さまのため、スタッフのため、自分のために、これじゃあ、いけない」と力説する。
志保さんは過去3回の開催にすべて出席した。「店だけにいると井の中の蛙になる。規模も立地も違う人の話を聞くと、世の中が見える。自分たちの欠点もよさも見える。いままで自己満足と自分の価値観で動いていた。視野が狭かったことに気づけた」と語る。ある日、同じテーブルに座ったあるオーナーから、「君はオーナー向きじゃないね」と言われたことがある。ズバッと遠慮のない指摘をされた志保さんは「頭に風穴が開くぐらいの衝撃だった」。それでも「すごく感謝した。頭でわかってはいるけど直せていないことだった。母からも同じことを言われているけれど、客観的に他人に言われて、気がついた」と受け止めることができた。
志保さんといっしょに参加している新メンバーのアシスタントも「『私、頑張ってるもん!』で終わるところだった。自分たちよりもっとすごい人がいっぱいいて、『まだまだやらなきゃ!』と思うと、疲れていても『ポスティング行くか!』となる」と勉強会の意義を語った。
これら一連の取り組みの結果、6月には客単価が前年に比べて1600円以上も向上している。来店客数も4、5、6月と連続で増加中。とくに紹介による新規客数が大幅に増えてきた。客数、客単価がともに伸び、売り上げは前年同月比130%を記録。アンケートによるお客さまの満足度数を示す『CSミシュラン』も3カ月連続で基準値を達成し、『3ツ星』サロンの仲間入りをはたしている。
外見はレトロな美容院だが、考え方は柔軟で取り組みは先進的なことばかりだ。年代モノのサロンの店内に、新しいパソコンが目立つ。紹介客が増えるなかで、6月は新たにホームページも開設した。「頑張ってるんだね」という声や、アンケートでも「新しいことを採り入れる姿勢がよい」と好印象を与えているという。「レベルアップ=グレードアップ。店が前進していることを表現する手段として有効ですね」と、器の中身にますます磨きをかけている。
(月刊SPCN2006年9月号掲載)
リンク・イノベーション副社長 大薮 貴之